息子と川崎病。そして家族。

わたしの息子は

1年前に川崎病と診断され

入院した経験があります。

あれから1年がたちました。

本当にあっという間の

1年間でしたが。

息子はとっても元気に

毎日をすごしています。

この記事を書くにあたって

母親目線で

書かせていただきます。

そして川崎病は原因不明の病気と

現在も言われています。

治療についてや、医療に関して

意見を書くつもりは一切ありません。

ただ。息子が入院した際

息子が入院した。

という事実の驚きと怖さ

川崎病についての知識のなさで

ひたすらスマホで【川崎病】と検索しました。

でも。検索すれば、するほど

怖くなって。

安心できる記事はないのか。と。

同じ気持ちのお母さん達はいないのか。と。

探してる自分がいました。

絶対に大丈夫!とはやっぱり言いきれません。

ただ。息子を信じること

病院の先生を信じること

それしか出来ない自分の愚かさ

この時の出来事を記録として

残したく思い、記事にしようと思いました。

少しこのお話に寄り添ってくださる方は

お進みください。

はじまりは。

年末から体調が良くない

病院から「川崎病です」と

はっきり診断される4カ月前。

3歳の誕生日を迎える頃から

なんだかスッキリしない顔だな…

体調も万全というより、少し風邪が残ってるのかな?と

冬だし仕方がないかな?と

その時は思ってました。

私自身も働きに出てましたし、

ちょうど仕事の忙しい時期と重なっており

とりあえず「休めない」という気持ちの方が大きく

常に「熱ださんといてや。」としか

思ってませんでした。

今思えばここでちゃんと見てれば。

と何回も悔やみました。

それからすぐ年末年始が近づき

40度の熱が出たため

インフルエンザかなと病院を受診しましが

インフルエンザでもその他の菌でもなく

扁桃腺からくる熱かな?と様子を見ることに…

年越し、年明けと熱が続き

不安な1年のはじまりとなりました。

原因がわからず。周りからも

安心できる言葉は1つも言ってもらえず

ただただ時間が過ぎていきました。

でもきっと、このときに

「大丈夫だよ」「なんてことないって」と

言われててもきっと安心なんて

出来てないんでしょうね。

今なら思います。

とにかく不安をかかえながら

息子を保育園へ行かせ

私は仕事へ行くを繰り返す毎日。

そんな中義母からは

「Aくんの顔が変」

「笑ってない」

「川崎病ちゃうの」

と声をかけられるようになりました。

でも私はまた言ってるよ。

なんの根拠にそんなこといってんの?

もしかして。私が息子の顔色を

見れてないの?と腹立つ感情しかなく

耳を傾けませんでした。

本当に自分の心の狭さに嫌気がさしますね。

入院する前日

そして入院する1日前。

息子がまた発熱。

朝はとても元気でこの日は

友人の結婚式の予定も入っており

どうしても行きたかった私は

息子の熱っぽい姿を見てみぬふりをしました。

なんて、最低な母親なんでしょうね。

そりゃ義母にもいろいろ言われますよね。

息子がぐったりし始め

手で熱を確認しようと首もとを触ると…

「痛い!!!」と異常な痛さを訴え

やっとここでこれはダメだと

救急病院へ走りました。

近くの救急は時間外のため

車で15分くらいの子供病院へ行き

対応をしてもらいました。

初期時点での症状

  • 鼻水、咳などの風邪の症状
  • 39度の熱
  • 耳の下の痛み
  • ぐったり感

先生の判断は

「風邪からくる中耳炎かな?

明日も熱が続くようならインフルエンザの可能性もあるから検査しますので、また来てください。」

ということで帰宅。

という感じの対応で…

なーんや。中耳炎かよ!と

中耳炎で一生に一度の友人の結婚式を

欠席かよとこの時はまだ思ってました。

私はやっぱり事が大きくならないと

危機感を感じないのですね。

ほんとに自分の事ばかり。

次の日の朝

息子の「お腹が痛い」という声で起き

熱は落ち着いてましたが…

なぜか「お腹痛い」を繰り返しており

熱は高くないし…

インフルではなさそうだし…

耳の痛みもましの様子…

昼まで様子みてみようかと

ごろごろしてました。

それでも息子の腹痛は治まらず。

昨日と同じ子供病院へ走りました。

大きな子供病院ということもあり

昨日とは違う先生だったので

この時はじめて

「血液検査してみましょうか」

の声がかかりました。

ここでようやく私は

ことの重大さに気づきました。

検査時点での症状

  • ただの風邪でもない。
  • 原因不明の熱。
  • 顔の浮腫み。
  • 目の充血。
  • 年末年始の謎の発熱の原因。

体が悲鳴をあげて腹痛も起こしたのか

これに関しては今でもわかりませんが。

お腹のエコーもその後してもらった結果

これは便秘が原因だということで

浣腸してもらい腹痛は改善。

そして血液検査の結果が出て

入院するがきまりました。

入院初日

その日は血液検査の結果が出たのが

夕方をすぎていたので

そのまま入院の準備がはじまりました。

この時点では息子しか子供も

いなかったため24時間完全付き添いになり

息子と共に病院で生活することになりました。

私だけとりあえず家に帰り

着替えなど用意をしました。

まさか入院になるなんて

思ってもなかったので

家の中はめちゃくちゃ。

何日入院が続くかも不明。

私の頭はついていかず

とりあえずいるものを持って

病院へ…

息子はその間に点滴を繋がれ

浣腸をされぐったり。

時間はあっという間にすぎ

気付けば消灯の時間。

付き添い者は一人のみ。

親以外の入室は基本的にはダメで

何が何だか理解する間もなく

旦那とはお別れ。

ここからは息子の夜泣き。

不安な気持ちをかかえながら

寝ずに朝を迎えました。

入院生活1日目

とにかく検査がはじまりました。

息子の

「なんで?」

「お家に帰りたい」

「遊びたい」

「腕が痛い」

「抱っこして」

普通にしててもイヤイヤ期真っ最中の3歳児。

どうしてあげることもできず

抱きしめて落ち着かせることしか

できませんでした。

この時点では

「川崎病の疑い」

「血液の数値がおかしい」

という説明で

その血液の数値を改善させる

という方向性でした。

抗生剤を入れても熱はさがらず

しんどいまま顔の浮腫み、目の赤みなど

川崎病の症状がほとんど当てはまるかたちで

ぼぼ確定に近づいてきました。

川崎病と診断

医師から川崎病と診断され

ここから川崎病の治療がはじまりました。

はじめて、聞くような薬の名前。

それに対する副作用。

でもやるしかないし

任すしかない。

ガンマグロブリンの治療

はじまりました。

副作用があるかもしれないと

はじめの10分、15分、30分と血圧を計り

息子に異変がないか観察しながら

ベッドの上で1日点滴をしました。

しかしガンマグロブリンでは

熱が下がらず。

次のステップに移りました。

ステロイド治療が次にはじまり

ホルモンバランスを安定させるために

飲み薬アスピリンもはじまり

息子の機嫌の悪さと

ストレスはマックスに。

体中浮腫み出して

顔を見てることも辛く

私自信も24時間の付き添いのため、

毎食お弁当のみ。お風呂入れず病院のシャワーのみ。テレビも見れず。

弱音を吐く場所もなく辛かったな…。

旦那も変わってくれたりしましたが

息子の精神状態から私以外は

受付ずすべてが空回り…

そして1週間後

やっと熱が下がりました。

安心したのも、つかの間。

ここからが長かったです。

経過観察のため入院は続き

観察項目

  • 心臓の瘤がないか
  • 熱はでてないか
  • 皮膚はめくれてきたか
  • 血液検査

そこから13日間入院が続き

息子の心のケアに悩まされました。

病院の食事も好きなものが出るわけもなく

息子からは

「これ嫌い」「食べれない」

「他のものが食べたい」

はじめの2、3日は

体調も悪いためか白ご飯しか食べないし

途中からは「ふりかけがほしい」や

ご飯を残して…結局すぐに

「お腹すいた」

「お菓子たべたい」

少し体調がいいと

泣き叫んで暴れだして

それを、押さえるのでやっと。

熱が下がれば少しずつ元気が出てきて

一日中「ドーナツがたべたい」を

泣き叫び続けた時もありました。

その内、周りの目が気になりだし

皆しんどくて入院してるのに

うるさくしてるのが申し訳なくて

だからって息子を怒るのも

また精神的に追い詰めるだけで

ただただ抱き締めることしか

できませんでした。

まだ、ゴールが見えれば

後少しで退院だからと

言えるのに…

川崎病はどうなるかわからない

それか一番辛かったです。

でも辛かっただけではなく

同じ病気で入院してるお友達と

励ましあいながら

子供病院ということもあり

保育士さんと遊ぶ時間も作ってくれて

さすが子供病院だなと

子供の心のケアもしてくださいました。

看護師さんも私の話を聞いてくださったり

ほんとに良くしてくれました。

退院の日

入院から20日目にして

  • 手足の皮膚がめくれてきてるか
  • 熱がないか
  • 目の充血、舌の赤みがないか
  • 血液の数値が通常範囲か

すべてクリアし

やっと退院になりました。

久しぶりに出た病院の外には

桜が咲いてました。

でも。川崎病は

これでおしまいではないです。

定期的に心臓外来へ通い

心臓の瘤をみてもらいます。

まさかの…再入院

1回目の退院から2週間。

入院中運動ができてなかったからか

足などの関節痛を訴えるようになり

夜泣きもひどくまだ少し顔の浮腫みが

気になってました。

ただ手足の皮膚は綺麗に

めくれ終わり元気立ったのですが。

退院後の定期検査で

「関節痛を息子が訴えてる」と

先生に言ったところ。

まさかの。再入院。

1週間様子を見たいということで

まさかの入院になりました。

でも特に問題もなく

1週間後無事に退院しました。

川崎病とは

2回の入院から今日で一年。

今もなお定期検診にはいってますが

年に1回の回数に減りました。

まだまだ再発がないとは言えないと

言われてはいますが

原因不明の病気のため

こればっかりは運命に任せるしか

ないのかもしれないです。

あの時あぁしてれば…こうしてれば…

たくさん悔やむことはあります。

でも母親も人間です。

子供は一番大事だし宝物。

そりゃぁ息子のためなら

病気だって変わってあげたい。

けど。そんなこともできないし

その事実を受けれて

どれだけ家族で乗り越えれるか。

息子を支えてあげれるか。

病気のことは考えても

どうにもならないし

治してもあげれない。

なら母親は元気で笑顔でいてあげること。

それが大事なんでしょうね。

でもその時は皆が

いっぱいいっぱいで

家族皆が辛かった。

どうすることが

正しくて良かったのか

今になってもわかりません。

でもきっとまた家族が笑顔になれる日が

絶対くる!そう信じないと…

息子が熱を出す度に

再発の文字が頭を過ります。

でもいつも言ってる

小児科の先生がいいました。

「再発は宝くじに

当たるくらいの確率だよ!」

大丈夫とは言われませんが

私も旦那も少し笑ってしまいました。

もし再発したら

なんで宝くじじゃないねんって

思えるくらい強い母になろうと

息子を信じようと

何があっても息子のそばで

一番に見守れる強い母に

私はなろうと誓いました。

どんな病気だろうと

子供が苦しむ姿は辛いです。

ならそれを笑顔にできるのは

母親だけ。私だけに出来ることを

これからもやり続けよう!

そして、たまには自分に優しくして

ご褒美をあげることも忘れず。

こうして世の中の母は

強くなっていくんだろうな~

何が書きたいのかわからなくなってしまったけど

最後まで

ありがとうございました。

Nnn@nisa
Nnn@nisa
これは本を耳で聞くことができるので超オススメですよ~
通勤中の満員電車でも勉強できそうやな!
ダチョウはん
ダチョウはん

【Audio Book】

Nnn@nisa
Nnn@nisa
これからは聞いて読む時代になるんでしょうね~
確かにこれは便利やな。世界が広がるやん!
ダチョウはん
ダチョウはん

ヨッメ雑談
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